ジャニス・ニムラ氏とのオンライン・ディスカッション

6月3日、米日カウンシルは、出版されたばかりの本、「Daughters of the Samurai(侍の娘たち)」の著者であるジャニス・ニムラ氏とのオンライン・ディスカッションを行いました。約1時間のこのディスカッションはビデオ会談として実施されました。キャンセル待ちの方もいた中、20人以上の米日カウンシル・メンバーが、ニューヨーク、サンフランシスコ、シアトル、ミシシッピ州ジャクソン等、さまざまな町から参加しました。

「Daughters of the Samurai」は、1871年に日本政府がアメリカに送った3人の少女(永井繁子、津田梅子、山川捨松)の話です。アメリカで10年過ごした後、彼女達は日本に帰り、それぞれのキャリアを確立しました。この本は、ニューヨーク・タイムズ紙ウォール・ストリート・ジャーナル紙オプラ・マガジンで紹介され、アマゾンの売れ筋ランキングでも日本の歴史の本の中で2位を獲得しました。

この企画を発案したのは米日カウンシル理事のフレッド・カタヤマ氏でした。同氏は、「ウーマノミクスのテーマは明治時代にまでさかのぼる」と述べ、女性のリーダーシップ、起業家精神、教育、リスクを取ることや 人と人とのつながり等、米日カウンシルの重要なテーマがこの本にはいくつも含まれることを指摘しました。同氏は、モデレーターとして洞察力のある質問をしつつディスカッションを進め、参加者からの質問をニムラ氏につなぎました。

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ニムラ氏(左上)、カタヤマ氏(左下)、ニムラ氏が共有した写真((左から)津田梅子、山川捨松、永井繁子)

ニムラ氏が語った重要なトピックの一つは本のタイトル、「Daughters of the Samurai」にあります。3人の少女たちは、幕末の動乱の3年後、知識階級から抜擢されました。幕府を支持していた彼女たちの家族は、無くしてしまった名誉を彼女達が挽回することを願っていました。更に彼女達は、日本に帰って国を支えるようにとの委任を皇后から直接頂戴しました。彼女達はアメリカで10年も過ごしたにも関わらず、「アメリカに残ることを誰も考えもしなかった」、とニムラ氏は言いました。「武士の規律で育った」彼女達は、任務を完了する決意を固めていた、と。

3人の女性達は、それぞれ違う方法で日本に再度適応しました。ヴァッサー大学を素晴らしい成績で卒業した山川捨松は、日本人女性として初めて大学の学位を取得しました。権力のある男性と結婚し、上流社会の女性が自分の手で何かを作ったり販売したりしたことのない時代にチャリティーバザーを開催しました。津田梅子は、一度アメリカに戻ってブリンマー大学で生物学を勉強し、日本に帰った後、津田塾大学を設立しました。永井繁子は家庭をつくり、7人の子供がいる中で先生として働き続け、ワーク・ライフ・バランスを維持しました。

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上記の画像をクリックいただくと Daughters of the Samuraiを紹介する動画をご覧いただけます

ニムラ氏自身、日本人と結婚して日本に適応すべく努めたアメリカ人女性として、二つの文化を行き来したこれらの女性から多くのことを学んだそうです。ニムラ氏は、この女性達は先入観を持たずに心を開き、「勇気、知性と魅力を生かしてどんな状況も最大限に活用した」と述べました。

詳細は、ニムラ氏が共有した写真も含む本ディスカッションのビデオ本ディスカッションの音声、またはソーシャル・メディアも含む、Storifyにおけるまとめをご参照下さい。

この企画はソーシャル・メディアのみで実施されたパイロット・プロジェクトでした。 米日カウンシル は、今回のイベントの人気と成功に基づき、今後はより多くのオンライン・ディスカッションを企画する予定です。

 

WHEN
June 03, 2015 at 7:30pm - 8:30pm

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