アジア系アメリカ人リーダー訪日プログラム

 

助成:

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2017年度参加者

 

米日カウンシルは、日米関係に関わりを持ち造詣の深いアメリカ人リーダーの構成を多様化させ続けていくことが重要だと考えています。現在、アジア系アメリカ人が州議会議員に選出されるケースが増えてきており、このような議員たちは自らの選挙区で影響力が強く、またそれぞれのコミュニティーで積極的に活動を展開しています。米日カウンシルは、アジア系アメリカ人リーダーたちと連携して、米国の立法機関において日米関係についての理解を広め、また多様なアジア系アメリカ人リーダーたちと日本の政界、政府、ビジネス界、市民社会のリーダーたちとの繋がりを醸成することが重要だと考えています。

参加者はプログラム終了後、国際・米国内・各地域と広範囲に亘る米日カウンシルのネットワークとのつながりを維持することによって、日米関係において活発な役割を果たし続ける機会に恵まれます。米日カウンシルも全米州議会議員アジア太平洋系アメリカ人幹部会と州議会全米協議会との連携を継続していきます。参加者が日米関係への関わりを深めるためのネットワークはすでに整っており、米日カウンシルは参加者のつながりを持続させるよう、後押しをしていきます。

アジア系アメリカ人リーダー訪日プログラムは、笹川平和財団が後援し、米日カウンシルが全米州議会議員アジア太平洋系アメリカ人幹部会と連携して実施しています。本プログラムは2014年に始まり、これまで23名の州議会議員が参加してきました。

 

2017年度プログラム

4年目となる2017年度は、6名の議員が9月29日から10月7日にかけて東京、京都、大阪を訪問しました。

 

概要

プログラムの概要はこちらでご覧ください。

 

写真

写真はこちらでご覧ください。

 

 

2017年度参加者

 

ロブ・ボンタ
カリフォルニア州下院議員

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2012年に第18選挙区から選出された、フィリピン系アメリカ人初の、カリフォルニア州議会下院議員。多数党院内総務補佐、およびアジア太平洋諸島コーカスの議長を務めている。

公民権活動家セザー・チャベスの家の近くの移動住宅で育ち、社会・人種・経済的正義を求める平和的な運動が高揚した時期に、両親がフィリピン系およびメキシコ系アメリカ人農業労働者を組織化する運動に関わるのを見て育った。その影響もあって正義感が強い。

変革をもたらすには法律を学ぶのが有効な手段だと考えるようになった。クリーニング屋で働き、経済的援助を得て、複数の一流大学で学んだ。イェール・カレッジおよびオックスフォード大学(英国)で学んだのち、イェール・ロー・スクールで法務博士の学位を取得。イェール・サッカーチームではキャプテンを務めた。 サンフランシスコ市副法務官、およびアラメダ市議会議員を務めた経験がある。アラメダ市在住で、家族はマイアリサ夫人と子どもが3人。

 

アーロン・リング・ジョハンソン
ハワイ州下院議員

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ハワイ州議会下院議員。現在下院で労働・公務雇用委員会委員長、および多数党院内幹事という重要な役職に就いている。初当選は2010年で、選挙区はオアフ島のパールハーバー、モアナルア、アイエア地区。

州議会議員に当選する前は、ワシントンD.C.の連邦政府でブッシュ政権およびオバマ政権の下、リーダー的な役職を歴任した。ホワイトハウスで部門のディレクターを2年間、次いで財務省所管の合衆国造幣局で首席補佐官代理を数年間にわたり務めた。

イェール大学を優等で卒業。2度にわたり日本に留学した経験があり、1回目は広島の高校2年生として、2度目は北海道の函館で大学2年生として、日本で生活し、学んだ。沖縄および中国からハワイに移住した移民をルーツとする移民4世。

 

クラレンス・ラム
メリーランド州下院議員

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第12選挙区(ボルティモアおよびハワード・カウンティ)選出のメリーランド州議会下院議員。下院歳出委員会に所属。同州議会に4人いる医師のひとり。

ジョンズ・ホプキンズ・ブルームバーグ公衆衛生大学院で、健康政策・管理学部のアシスタント・サイエンティストとして教鞭をとる。予防医学研修医プログラムを統括するディレクターを務め、またジョンズ・ホプキンズ応用物理研究所の共同医長として臨床業務にも携わっている。

ケース・ウェスタン・リザーブ大学を卒業し、政治学と生物学の学士号を取得。医学の学位をメリーランド大学で、公衆衛生の修士号をジョンズ・ホプキンズ大学で取得した。ジョンズ・ホプキンズで研修医としての研修を終え、ここでは研修医長も務めた。予防医学の正式免許保持者。

 

ラーディ・マーム
マサチューセッツ州下院議員

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1970年にカンボジアのパイリンで生まれた。10歳になった当時、カンボジアは内戦とクメール・ルージュによる大虐殺の恐怖で引き裂かれ、家族は仮設の難民キャンプで暮らしていた。

12歳になった1982年、家族と共にミネソタ州ダルースに移住し、1984年にマサチューセッツ州ローウェルに引っ越した。米国到着時には英語はまったく話せなかったが、わずか8年後の1990年、グレーター・ローウェル・テクニカルハイスクールを卒業した。この同じ年に、アメリカ合衆国市民権を獲得。その後ミドルセックス・コミュニティカレッジに進学し、卒業した。

2014年、州議会下院で第18選挙区(マサチューセッツ州のミドルセックス地区)を代表する議員に選出され、米国史上初のカンボジア系アメリカ人州議会議員となった。

当選直後に以下のように述べた。「私はカンボジア系アメリカ人です。ですが私はすべての人々の代表者として人々と共に仕事をします。自らが向上するために、また多様な考え方ができるようになるために、教育がどれほど重要な役割を果たすかについて、コミュニティ全体の若い人々に希望を与えたいと思っています。前向きに考えることの重要性について、これまで十分な教育がなされてきませんでした。私はこの課題に取り組もうと考えています。教育がいかに重要かは、この私が証明しています。英語を一言も話せなかった少年が、大人になって州議会議員になることができたのは、教育のおかげです。」

 

ブライアン・シオザワ
ユタ州上院議員

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1990年に、常勤の有資格救急医として、セントマークス病院の救急医チーム(EPG)に加わった。スタンフォードのカレッジからワシントン大学医学部へと進み、ユタ大学で研修医としての研修を受けた。これまでに、EPGの医長およびプレジデント、セントマークス医療スタッフのプレジデントを務めた経験があり、現在はセントマークス評議会の委員を務めている。

2012年に第8選挙区からユタ州議会上院議員に選出され、2016年に再選を果たした。ビジネス・経済開発・労働歳出委員会の議長を務め、社会福祉歳出委員会、保健福祉委員会、天然資源・環境委員会に所属し、また医療改革タスクフォースでも活躍している。議員活動 として、これまでに50を超える法案を発案し可決させ、医療、ビジネス開発、環境、芸術に関連する予算を起草した。

不動産業を営むジョイ夫人との円満な家庭生活は35年間を超え、子どもは4人、孫が3人。地域の教会活動に熱心に取り組み、旅行とゴルフを趣味として、ユタ州での生活を満喫している。

 

モニカ・ジュラード・ストーニア
ワシントン州下院議員

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2016年の議会選挙で、第49選挙区(ワシントン州バンクーバー)から立候補し当選。下院教育委員会の副議長を務め、医療福祉委員会、資本予算委員会、議事運営委員会に所属。政策立案において重視しているのは、医療へのアクセス、質の高い公教育、労働者の能力向上といった分野であり、政府の公平・公正を目指して尽力している。

また、エバグリーンの公立学校では教育指導員を務めている。夫のブランドンと結婚して16年になり、公立学校に通う子どもが二人いる。メキシコ系アメリカ人であり、かつ日系アメリカ人でもあるという二つのルーツ、そして、第二次世界大戦ではおじ達が「Go for Broke(当たって砕けろ)」のモットーで有名な第442連隊で戦ったというような豊かな家族歴を誇りとしている。現在、若者のスポーツチームでコーチを務め、また友人や家族と共に過ごす時間を大切にしている。

 

過去のプログラム

2016年 アジア系アメリカ人リーダー訪日プログラム

2015年 アジア系アメリカ人リーダー訪日プログラム

2014年 アジア系アメリカ人リーダー訪日プログラム

 

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